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ノーミソ刺激ノート

書評やスポーツ、言語に関することを書きます。

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中学生がニヤニヤする鉄板ネタ

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私は単語を覚えるのが好きなんです。
なぜなら
人の思考は言葉によって成り立っているので
言葉がなければ存在しないことになります。
よって
言葉は世界を広くします。
それに
人と話すときに
ボキャブラリをたくさん持っていたほうが
圧倒的に有利ですよね。
勿論運用能力ありきですが。

一方、
世界の言語の中には日本語の「愛」に相当する語
が無い言語も存在します。
その言語を操る人々にとっての「愛」の概念は
あまりに当たり前すぎて
世界の概念から切り取られていないのです。
「愛」の言葉があるということは
それが無いという状態もあるということなので
その言葉があるということが果たしていいことなのか
どうなのかはしばしば思考題材になるのですが。

前にも書きましたが
「愛」≒"Love"
です。
決してイコールではありません。
「愛してる」
は本来日本語にない表現で、
"I love you"
の直訳として
アメリカ文化が日本に入ってきたときに
はじめてくつられた表現です。
ではそれまでには日本人は
どうやって「それ」を伝えたか。
夏目漱石
"I love you"
の和訳として
「あなたといると月がきれいですね」
としたのはあまりに有名ですよね。
そもそも
"I love you"
と直接的に伝える言語のほうが
実際は少ないそうですが。

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