ノーミソ刺激ノート

書評やスポーツ、言語に関することを書きます。

小説は教訓がないと駄目なのか

 

小説って何のために読むもんなんでしょうか。

結局は娯楽なので読まなくて見いというのが私の答えではあるんですけど、じゃあ読んでない人に魅力を感じるかって言ったら感じないですよ。

何でかと言ったら人間としての深みを感じないからです。

となると小説を読むと深みが得られるかと言ったら得られると思います。

が、それは何で得られるかと言ったら「教訓を得た」からじゃないです。何でか知らないけど深みが出るんです。

 

あえてそれを言うんなら、例えば中学生に答えを求められたら、

 

「自分の人生の中で得られないような経験を通体験できるから」

 

という教科書的な答えがあります。一応納得できる、答えになっていそうな言葉だからガキに教えてと求められたらこれを使えばいいでしょう。

けどハッキリいってそんな一言で言えることではありません。

現実は割り切れないことがたくさんあるじゃないですか。そういうもんです。

 

小説に答えを求めるのは「おこちゃま」

小説を読んでいて、「結局何が言いたいの?」というひとがいます。

しかし物語というのは作者が伝えたいことが読者にちゃんと伝わるものがいいものとは言えないんです。

子供のころの所謂「おはなし」は「こうしなきゃいけませんよ」という教訓がありました。それは何もわからない子供のためにわかりやすいものをまず形として与えるわけです。

しかし大人向けの、本当の物語というのは読者自身が解釈できる解釈の可能性があるんです。

 

純文学をどう読むべきか - ノーミソ刺激ノート

 

東洋的な思想、美術では空白を好みます。

それは空白の中に想像が膨らむものです。

日本の水墨画 1:山水

当代中国画名家教学系列 青?山水画技法?解

水墨画、山水画をどのように見るかといえば、最低限の墨の中の白い空白に想像力を働かせることです。これは東京美術学校(東京芸大)創始者の岡倉天心も言ってることですね。 

茶の本 (岩波文庫)

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茶の本 ─まんがで読破─

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 『茶の本』はお茶の飲み方を言っているのではなくて日本古来の美意識が日常の「お茶でも飲む」という普通の動作に集約されているという美学の本です。

 

子供のころにしか本を読んだことのない人は「結局何が言いたいの?」と用意された答えがなければ物語ではないと思いがちです。

しかし本当の物語というのは自分自身が解釈するものです。子供のころは解釈するもなにも実践経験がないので解釈ができないのが当たり前です。けど大人ならできるでしょう。

しかし大衆はできないんですね。人から言われたことに従うことが楽ですから。

大人は答えられないとまずい

逆に人から言われたことに従いたくないのであればたくさん本を読まないとまずいと思います。

大人だったら「結局何が言いたいの?」と人に訊いているのではなく、「結局何が言いたいの?」と人から訊かれて答えられなければいけません

一冊二冊しか読んでいなければその少ない本に従う事しかできません。が、100冊1000冊も読むとほとんどの本のことを忘れているからこそ、その本に従わずに全部が混ざった解釈ができるようになるんです。逆説的ですけどね。

 

本を1000冊読むとどうなるか - ノーミソ刺激ノート

 

哲学書1000冊読んだらどうなるか。 - ノーミソ刺激ノート

 

1000冊くらい読むと「忘れてる」と言いましたが、正確には全部何もなくなっているわけではなくて、どこに何が書いていたかは忘れてるけど、心に残ったものが混沌として残っているような状態です。ですからそのグチャっとしたものの中にコロコロとした塊ができます。

「こころ」の語源は「凝る」からきていると言われています。

子供ならいいですけど大人になって人に言われたことしかできないってかっこ悪いですよね。

 

読書のカッコよさについて - ノーミソ刺激ノート

 

30代になったら小説を読もう。 - ノーミソ刺激ノート

 

人生の解釈を行うには意味のない空白に自分の解釈(色)を加えることです。

仏教では世の中は空(くう)だと言いましたがその通りなんです。

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