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ノーミソ刺激ノート

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司馬遼太郎入門

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一冊だけでも読みたい。

読書をしていない人でも司馬遼太郎のことは名前だけでも知っているでしょう。

 

司馬 遼󠄁太郎(しば りょうたろう、1923年大正12年)8月7日 - 1996年平成8年)2月12日)は、日本の小説家、ノンフィクション作家、評論家。

 

本名、福田 定一(ふくだ ていいち)。大阪府大阪市生まれ。筆名の由来は「司馬遷(はるか)に及ばざる日本の者(故に太郎)」から来ている。

 

産経新聞社記者として在職中に、『梟の城』で直木賞を受賞。歴史小説に新風を送る。代表作に『竜馬がゆく』『燃えよ剣』『国盗り物語』『坂の上の雲』など多くがあり、戦国・幕末・明治を扱った作品が多い。『街道をゆく』をはじめとする多数のエッセイなどでも活発な文明批評を行った。

司馬遼太郎 - Wikipedia

 

日本人なら一冊だけでも司馬遼太郎に触れてみたいという感覚がありませんか。

読書をあまりしない人でも司馬遼太郎の本なら読んでいるというだけで文化的教養のある人だと一目置かれる傾向にあると思います。

 

昔の人、難しい本を書く人だと思われがちですけどそんなこと全然ないんですよ。

むしろ読み易いです。

確かに長い小説が多いんですけど、短いエッセーもたくさん書いてますからそれだけ読むだけでもいいと思います。一冊、いや、一冊の中の一章を読むだけでも「司馬遼太郎を読んだ」と言ってもいいと思います。それは事実ですし。

全然一部だけ読んだだけでもいいんですよ。なぜなら司馬遼太郎の本はものすごく多いので全部を読んでいる人なんか余程のファンじゃない限りいません。

ですから一部だけ読んだというだけであなたも「司馬遼太郎の読者」になれます。

 

私自身もあの膨大な量の著作物の本の一部しか読んでないけど、今まで司馬遼太郎に思っていた偏見からは脱出できたと思ってるので書いてみることにしますね。

 

「司馬=歴史小説」という偏見はよせ!

 

司馬遼太郎って歴史小説のイメージが強いじゃないですか。

 

だから敬遠しちゃうんですよね。読んでみたいけど読んでいないという人のほとんどの人がそうじゃないでしょうか。

 

でも司馬遼太郎ってもう誰でも知ってる名前ですから日本人が持つべき教養の一つといっていいでしょう。

 

日本人に必要な教養 - ノーミソ刺激ノート

 

私は歴史が苦手なんです。

しかもその長編となるとどうしても躊躇うんです。でも読書好きを自任しておきながら一冊も知らないし、話せないというのはまずい。

でも歴史ものはきついかもとも思う。

 

で、ちゃんと著作群を眺めてみると意外と歴史小説ばかりじゃないんですね。

これって普通の書店じゃ気づきにくくて、どこで気づいたカタいうと、大きい図書館です。

大型書店でも気づけるはずですけど、書店の場合、ハナから買う気で行っているので、興味がない売り場には足を運ぶことないじゃないですか。

 

でも図書館だと一通り見て回りたくなる。人も書店より少ないですし。

ですから図書館はおすすめです。

 

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シバリョウの作品には随筆も多いし、紀行文も多いんです。

私が初めてちゃんと読めたのは『草原の記』。

 

草原の記(新潮文庫)

草原の記(新潮文庫)

 

 

 これはあくまで叙事詩的で小説ではないんですね。

すごく薄い短篇ですし、全部読む必要もありません。言葉がすごくきれいなので気が向いたときに気が向いた箇所だけ読むだけでもいいでしょう。

 

モンゴル周辺のことが書かれているんですけど『街道をゆく』シリーズのモンゴル編と共通した話が書かれているので併せて読むと面白いと思います。

 

街道をゆく 5 モンゴル紀行 (朝日文庫)

街道をゆく 5 モンゴル紀行 (朝日文庫)

 

 

モンゴルに興味がないにしても、街道をゆくシリーズは沢山あるので気に入ったものを読んでみるのもいいんじゃないでしょうか。

 

 それ以外にもエッセイもたくさんあります。

司馬遼太郎が考えたこと〈12〉エッセイ1983.6~1985.1 (新潮文庫)

司馬遼太郎が考えたこと〈12〉エッセイ1983.6~1985.1 (新潮文庫)

 
この国のかたち(一) (文春文庫)

この国のかたち(一) (文春文庫)

 

 日本人なら地場遼太郎の言葉に触れたほうがいいと思います。

すべて読むのは大変ですから一冊だけ読むとしたらエッセイであれば読み易いはずです。

司馬遼太郎の言葉に触れる

司馬遼太郎の言葉は翻訳できないという話を聞いたことがありませんか。

あくまで日本的なんですね。

 

というのもとても詩的な言葉で書かれていて、翻訳しても無意味なんです。

こういう言葉っていうのは、どの言語にもあることで、その言葉の響きをちゃんと理解していないと本当の文学的な美学を堪能できないんですね。

 

村上春樹のように人によっては多くの人に理解されない文学じゃないと評価しない文学者もいますけど。

 ↓これの序で村上春樹が書いてるんですけど、彼は司馬遼太郎を認めていません。

芥川龍之介短篇集

芥川龍之介短篇集

 

日本の国民的作家10人を挙げるとしたら、というクダリで、結局9名しか挙げてないんですけど、

ひとことで言えばその作家は、
その時代(彼/彼女の生きた時代)における、
日本人という民族の精神性を鮮烈に反映した、
第一級の文学作品を残していなくてはならない。

 としたうえで、以下の名前を挙げています。

 

  • 夏目漱石
  • 森鴎外
  • 島崎藤村
  • 志賀直哉
  • 谷崎潤一郎
  • 川端康成
  • 太宰治
  • 三島由紀夫
  • 芥川龍之介

 

これに反論はしません。が、私は「国民的作家」というならどう考えたって宮沢賢治と司馬遼太郎を入れるのが妥当だろうと思うんですよ。

 

前に挙げた九名は日本語の限界をそれぞれの形で拓こうとしていると思います。だから反論はないです。じゃあなんでキリよく10人じゃないのか。

 

となると「ここに入れていない人は認めてませんよ」という意味でしょう。

春樹はこの二人を認めてないんです。

 

で、この二人の特徴は日本人にしかわからない日本語の限界を極めている作家なんです。

となると翻訳が難しいんですね。事実、この二名は国内の知名度のわりに翻訳が極端に少ないです。

 

宮沢賢治は仏教と東北の方言と科学を併せてしかも造語まで作ってますから訳文しづらいです。司馬遼太郎はあんまり読んでないですけど日本語力は文学史上でもトップだと思います。

 

別に村上春樹好きは結構ですけど、嫌いという人の気持ちはわかります。日本語のリズム感が気持ち悪いんですよね。

ですから日本人には嫌いな人が多くいます。ですから無理して読まないほうがいいと思います。私は少しだけ読んでますけど。

 

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読むのであれば司馬遼太郎のほうが健康的だと思います。

 

どの国の文学でも初めは「詩」です。

詩は言葉の響きを大切にする文学です。なんせ音楽の始まりですからね。

だから韻を踏んだりする必要があるんです。

 

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