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ノーミソ刺激ノート

書評やスポーツ、言語に関することを書きます。

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自分の文章が気持ち悪い!と感じるのはなぜ?

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書き足りてない

理想の自分と外から見た自分が違うからです。

鏡を見たときは良い顔してるのに、写真に写る自分は気に入らない事がありますよね。


ブログを書くことって採掘作業だと思うんです。

どうせ文章を書いても面白くないだとか、気持ち悪い文章になると恐れる人がいます。

が、面白くないのは当然です。なぜならまだ採掘距離が浅いからです。

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人は誰でも自分はまともでいい人間だと思いがちです。

そして、奥深い人間だと思っています


が、実際に文章を書いたり話をしたりしてみると大したことは書けないし、喋れない。


見返してみると自分勝手な事ばかり書いているし、思い込みが多いし、ひがみ悪口ばかりで見てられないという事があるでしょう。


そんなことは誰だってあることです。

でもそれはあなたが薄いんじゃなくて掘り進める場所が薄いだけの話です。


掘り進める場所が浅くてグチャっとしてたり固すぎたりして全然面白くありません。


「こんなことしか書けない、これが自分なのか?」と思ったりするでしょう。


確かにそれも自分ですけど、その奥にもっと掘るべきところもあるんです。

それが現状として見えないから嫌になるだけです。


まだちょっとしか掘り進めてないんだから当然です。

自分のことは自分がよく知っているという言葉がありますし、実際分かっているような気はします。

が、実際は分かっていません。

言葉にするという事はそれぞれ自分の考えを割り出す作業なんです。


「割り出す」ということは細かく、部分部分を見るということです。


仮に自分の全体像を見られているとしても、それはあくまで全体であって部分ではありません。

よく全体像を見る、ざっくりと捉えることがいいことかのように言われることがありますが、いいことでも悪いことでも無くてそれはただ全体をボウッと見ているだけです。


人間は見えたというだけで満足してしまいがちですがそれは一見しているだけで、複数回掘り進めるように見つめないと駄目です。

私は本を複数回読むことを進めてますけど、自分自身も本のように読み進めるべきだと思います。

 

複数回読んだときの変化 - ノーミソ刺激ノート

 

じゃあどうやって読めるかと言ったら自分で文章書けばいいじゃないですか。

そもそも言葉とは

言葉にするという事は自分の考えを部分化させる作業なんです。

 

気持ちを言語化する方法 - ノーミソ刺激ノート

 

だからいざ何かの弾みで「我ながらいいこと言ってるな」って思う瞬間があるんです。


それは自分の中にある良い部分を採掘できな瞬間でしょう。

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だからこそブログを書くなら迷わずどんどん書くべきだと言っているんです。

 

人気のない記事でも書く意味 - ノーミソ刺激ノート

 

はじめの内はつまらなくて当然です。面白いものなんか書けるわけないじゃないですか。

書いていくうちにいいものが見えてきて、いろんなものを書いていくうちに自分の中にある考え同士を重ねていいものがかけたりします。

 

毎日投稿する方法 - ノーミソ刺激ノート

 

それは大体100記事くらいでしょうか。

書けば書くほどネタが切れてしまうんじゃないかと凡人は思うんですけど、それは実際ありません。書けば書くほどネタになるものが見つかるので、寧ろ書くことは増えていきます。


書けることが多すぎて辛くなることはありますけど、書けないから辛いと思うのは書こうと義務化してるからですね。


義務でいい結果になることなんてあるんでしょうか。多分恐ろしく少ないはずです。

書こうとしなければ書けます

 

書いている手が止まらない方法 - ノーミソ刺激ノート

 

それでも書けないのなら物事に対して感動が薄いんでしょう。

本を読んでいないだけです。

 

本をたくさん読む方法 - ノーミソ刺激ノート

 

ものを書くとなったら身になった経験に基づいて書くことがいいです。が、いくら経験値を積んだところで言葉にしなければならないので最低限、漫画でもいいので本を読めば材料としての言葉が身につくでしょう。

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