ノーミソ刺激ノート

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ビジネス書・自己啓発本をたくさん読んでも無意味な理由

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「読書」にも種類がある

「読書してます」

というと、普通は「小説を読んでる」と思われるのが一般的だと思います。

しかし今は、

 

  • ビジネス書
  • 自己啓発本

 

を読んでる人でも「読書してます」という人が多いです。

この2種類は読みやすいものが多いですからね。

でもなんか肩透かし感があります。

 

「読書は読書でも、それはちょっと違うだろ」

と思われても仕方ないんですね。

 

というのは、

ビジネス書、自己啓発本は「実行ありき」だから。

 

そういう本は、たくさん読んでも「道半ば」感が付きまとうんですね。

つまり、まだ途中なんです。

 

10kmマラソンなのに、5kmまで走って、

「俺は走った」

と言ってしまっている感じがあります。

 

「ビジネス書」っていうくらいですから、実行に移さなければ意味がありません

ですから、ビジネス書は1冊も読まなくても、ビジネスで成功していればいいんです。

 

  • ビジネス書1000冊読んだけど、まだ仕事はしていない。
  • ビジネス書は読んだことないけど、自分の発想で1円稼げた。

 

というのとでは、評価が全然違うでしょう。

自己啓発本、ビジネス書の類は、実行を起こすためのブーストなんです。

 

一方、小説や思想書の場合、極端な話、他者に対して行動を起こさなくても読書の効果は出ます。

なぜなら、それらの場合、

内部(自分)の世界観が書き換わるから。

 

つまり読めば「目的達成」感があります。

 

読んだとたん世界が違って見えます。

それは別に一冊丸々読み込まなくても良かったりしますよね。

たった一句で価値観の書き換えが起こったりします。

 

それが小説なんです。

特にその傾向が強いのは「純文学」ですね。

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ビジネス書などでも内部の書き換えは起こります。

しかしそれは商売をしなければ意味がないことでしょう。

だからこそ、実用書なんです。

「小説」と「ビジネス書」が全然違う理由

小説や思想書などは、学問的には「虚学」と呼ばれ、

商売や工学の「実務的」な学問は「実学」と呼ばれます。

同じように見えて全然違うんですね。

 

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小説は意味がない

 

後者の場合は他者に対して直接の利益をもたらすべき、外部へのアプローチが意識されます。

つまり、

 

  • 人に喜んでもらう。
  • 収益を得る。

 

という事ですね。

外部へのアプローチがあるからこそ、お金がもらえます。

ほとんどの人は「お金があればなんとかなる」って思ってますし、実際そうだから

 

  • 読書が収入につながる
  • 文学は役立つ

 

という言葉がよく言われるんですね。

でもそれって「釣り言葉」だと思うんですよ。

解釈次第ではありますけど「役立つ」って、やっぱ「他者のためになる」ってことだと思います。

 

言葉の第一印象はそういう感じですね。

私は。

 

でも、間接的に文学は「役立つ」かもしれないけど、やっぱり「役立つ」って言ってしまうと、文学の味わいが無くなると思うんですよね。

 

じゃあ意味ないかと言ったらそうではありません。

そういう風に「一言」では言えないし、みんなにわかるような言葉で発信はできないから安易に「役立つ」っていうんだと思うんですけど、不誠実な感もあります。

 

自分の心の充実感にはつながるわけですし。

 

「虚学」の場合は他者ではなく、

自分の人生の解釈を変える、内部的なアプローチ

が意識されます。

「解釈」は充実感につながる

「われ思う、ゆえにわれあり」(コギト・エルゴ・スム)

っていう有名な言葉があるじゃないですか。

 

方法序説 (岩波文庫)

方法序説 (岩波文庫)

 

 

「思う」ってことは、「解釈」に近い感覚だと思います。

解釈の前段階というか。

 

そういうふうに「解釈」が出来ず、人の言うことを真に受ける人が多いと思いますけど、自分独自で思って、それを言葉にすることで解釈が出来るようになります。

それは他人からの共感が得られるものではないかもしれません。

 

というか、本当に自分が思ったことって共感されることが少ないとさえ思います。

でも、そういうふうに解釈することで不思議と他では得られない充実感があるんですよね。

 

そういう充実感が、「虚学」系の本を読む醍醐味だとさえ思います。

 

ですから、小説や思想書を読んでも人は喜ばないし、お金も儲かりません。

「小説たくさん読んでも意味ないでしょ」

という人がいるのはこういう理由ですね。

 

ですから、

「小説1000冊読んだ」

というのと

「ビジネス書1000冊読んだ」

と言うのでは、世間的な評価が全然違うということです。

 

もちろん、「読書」自体は個人の自由です。

だからそもそも

 

「世間的な評価」

 

などは無視してもいい位です。

しかし両者を全く同じ「読書」とくくってしまうと、なぜか反応が違うのはこういう理由があるんですね。

 

かくいう私もビジネス書は読みます。

でも、虚学系の内部的アプローチをする本を読むほうが充実感があるんですね。

 

私自身が、

「同じような読書なのに、感覚が違うのは何でだろう」

と思っていました。

 

Twitterなどで「月に〇冊読んでます!」っていう言葉を見ると、

あ、参考になる言葉があるかも!

って思って開いてみたら実際は自己啓発本だらけっていうことがよくあります。

 

というか、「冊数」で釣ろうとしているもので、文学、哲学を書いてる人って本当にいないんですよね。

僕は書いてますけど。

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こういうのってマジで読んでないと、リアリティのある記事が書けないので、しょうがないっていうのはあるんですけどね。 

 

もちろん世間的な評価を気にしないでビジネス書を読んでもいいです。

けど、基本的には実践が目標に描かれているものですよね。

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