学者は自分で研究したものを
そのまま話す人で、
教育者は人のレベルによって
話すレベルを変えられる人です。
有名なところでいうと
孔子は教育者なので
儒教の根本思想である
「仁」を教えるときに
ある頭の悪い人が
「仁とはなんですか?」
という質問したことに対して
「愛だよ」
と答え、
一番頭のよかった弟子の顔回には
「己(おのれ)に克(か)ち
礼に復(かえ)るを仁と為す。
一日も己に克ち
礼に復れば天下仁を帰(ゆる)す。
仁を為すこと己に由る、人に由らんや」
(解説)
「私利私欲に勝って福祉に勤める。
一日でも早く実践すれば、
それが世界に広がる。
仁とは個人のやる気しだいであって
他人は関係ないんだよ」
なんてババーっと喋りだすわけなんですね。
大学教師で稀に授業中に
質問を許さない人がいたりしますが
なぜそうかというと
彼らは教育者ではないからです。
大学教師は学者であり教育者であるべきですが
本人はそう思っていないんですね。
(なら研究機関に勤めろって話ですが)
大学の授業を
「雑務」
と言い切ってしまう人もいるとか。
まぁ自分で勉強すればいいだけの話です。