ノーミソ刺激ノート

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30歳になったら小説を読むべき理由。

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30代は「立つ」

論語には、

 

「三十にして立つ」(30歳になったら考えがまとまって自立する)

 

とあります。

論語 (岩波文庫 青202-1)

20代までは、学校の延長で、人に言われたことをハイハイとそのままやっていればいいかもしれません

しかし、30にもなると、なんとなく自分自身にも自信がついてきたりしますよね。

 

もしくは自信は無いけど何となく考えが固まってくるものです。

仕事をするにも今まではそれまで培われた技術でどうにかなったかもしれません。

が、人の上に立つ仕事をするようになると、目には見えない、

 

  • 気持ちを察する
  • 人を気持ちよくさせる言葉使い

 

が必要になってきます。

そういう時のために小説を読むことは結構活きてくるんですね。

固まることは悪くない

悪く言えば「頭が固くなる」ってことかもしれませんが、それって悪いことじゃないと思うんですよ。

それまでは、何となく色んな考え方が混在しててふわふわしてたんですけど、成功体験や失敗体験を繰り返していくうちに、

 

「大体この辺をやるとうまく行く」

 

って見当がつくはずなんです。

そうすると、細かなことを神経質に気遣わなくてもよくなります。

するともっと大きなこと、抽象的なことが考えられるようになるんです。

 

この「抽象的」に考えられるというのがでかい。

人に説明するときは具体的にしたほうが良いですけど、自分で考える分には「抽象的」に考えられることが「頭がいい」と言ってもいいでしょう。

 

IQが高くなるのも、「抽象的」に考えるのがカギです。

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30過ぎたら小説が面白くなる

学生の時は何かと実用的な本ばかり読みませんか。新書とか自己啓発とか。

それって自身が無いからだと思うんですよ。

あとはすぐに答え、結果が欲しいからだと思うんですけど、30歳過ぎたら小説が面白いと思います。

 

なぜなら小説が分かるようになるから。

学生時代は本が読めなくても恥ずかしくなかったかもしれませんけど、本格的な大人になった自覚をしてから、本の一つのことでも話ができないとかっこ悪いと思います。

 

読書のカッコよさについて - ノーミソ刺激ノート

 

私は中学の頃に太宰を読んだんですけど、全く分からなかったです。

でもこういう事ってよくありますよね。

子供のころは背伸びするもんですし、そうしたほうが成長すると思います。

 

語彙力が上がったのもここからですね。

 

でも過去に読んだ本がもう一度読んでみると、理解の仕方が変わるという事もあります。

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進路に迷ったらどうすればいいか 

 

本を何回も読むのはなぜか

 

『斜陽』の貴族の暮らしや、雰囲気が全然わからなかったんですね。

スウプの召しあがり方がどうたら、お母様は「それこそほんものみたい」だとか「可愛らしい」とか。

斜陽 他1篇 (岩波文庫)

斜陽 他1篇 (岩波文庫)

 
斜陽 ─まんがで読破─

斜陽 ─まんがで読破─

 

中学生からしてみたら「気持ち悪い」とさえ思ったんですよ。

終盤で出てくる「恋と革命のために」とかって全然分かんないんです。

 

ほかにも太宰の女々しさが苦手という人も多いと思います。

気持ちはわかります。

 

でも30近くにもなってみると大抵のことが受けいられるようになるじゃないですか。

『論語』に「三十にして立つ」(三十歳になると独り立ちできる)とありますが、これはいろんな解釈ができます。

 

経済的に立つことばかりではなくて、人間的にふらつかなくなる、ということも含まれてるでしょう。

論語 (岩波文庫 青202-1)

論語 (岩波文庫 青202-1)

 
論語 (まんがで読破)

論語 (まんがで読破)

 

にしても上手く人生を解釈しきれないことも多い(40は不惑といいますが)。

歴史上、華族というものがあったのは知ってるし、それが解体されて・・・とかいう知識があったとしてもしっかりと受け入れるだけの年数というのはあると思うんです。

 

それが30歳くらいかと。

30にもなれば大体のことってわかってきますよね。

でもそれってまだざっくりとした理解なんですよ。歴史とか宗教とか科学とか哲学とか。

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それらはあくまで大きな知識で、文学というのはそれらを埋めるものだと思うんです。

それぞれ知識はあるからその話題を聴いても理解はできる。

けど自分でそれらを語ろうとしても気のきいたことが言えない、ということがありますよね。

 

文学とは人が思ったことを言葉にしている芸術です。

だからこそ、個々の知識の間を埋めることができるんです。

 

「小説を読むと語彙力が上がる」

 

というのは、単に言葉を覚えるからということではありません。

たとえば、

『坊っちゃん』を読めば「『坊っちゃん』は~」という話を理解できるようになります。
村上春樹の本を数冊読めば「春樹作品は~」って話が理解できるようになります。

 

つまり作品・作家っていう高密度情報が理解できるようになるんです。

知識同士をつなげる効果があるんです。

「増やす」から「繋げる」へ

一個一個知識を増やすのも大切です。

ですけど、もうある程度時間が経ったんですから、それらをつなげて、別のものを構築する作業をしてもいいでしょう。

 

そうすることで「自分」が作られてくるんです。

学生の時は読めなかった小説も、今になったら読めるようになるという事はよくあることです。

 

なぜなら仕事などで、知識を積んでいるから。

 

ですから、何かしら問題に遭遇した時にうまく対処できる人というのはそれらの知識のドッキングがうまくできる人だと思います。

 

そのドッキング作業は、「言葉」でしか不可能なんですね。

つまり母国語です。

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