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ノーミソ刺激ノート

書評やスポーツ、言語に関することを書きます。

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ミュージカル嫌いにもの申す

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私はミュージカルが好きです。数少ない男のミュージカルファンです。
男がミュージカルを観ない理由は分かります。

そもそも演劇産業を蔑視しているか、ミュージカルは女が観るものとして女性を蔑視しているか、感受性が足りないか。
どれかではないでしょうか。

ディズニー ライオンキング ミュージカル <劇団四季>



よくミュージカルを見ない理由として演技の最中に歌うのが不自然という理由がありますが、ミュージカルを物語としか観ないこと自体が間違いです。
ミュージカルも芸術です。

絵画を見るように、音楽を聴くように、お笑いを見るように、小説を読むように、映画を観るように、演劇を見るように、ミュージカルを見るべきです。

例えばこの中で自分は音楽しか聴かないという人があれば、音楽をただの詩と旋律とでしか見ていないのでしょうか。違いますよね。
音楽というもの自体を知らない間に勝手に経験しているのです。それは純粋な経験なのです。

 

小説やミュージカルを嫌う人もいます。
大体の理由はありもしないこと、嘘のことだからという理由ですが。

 

はっきりいって感性が無いか、人じゃないとさえ思います。

 

そんなこと言ったら世の中ほとんど嘘ですよ。
商売人だって商品がいいものだと思わなくたって商売のためにそんなに価値のないものを売ってるじゃないですか。
じゃあなんで人は買うんでしょうか。売っている人の心意気でしょう。

 

「情熱」という情報にお金を払ってるんです。

現実的に有りえない、論理的に有りえないという、つまらない物に人は心を動かされません。

 

「こうなんだよ!俺の世界はこうなんだ!」

 

という情熱、表現にお金を払ってるんです。

それに動かされて、本来、価値の低い紙であるはずの貨幣が動くんです。

 

生きた貨幣

生きた貨幣

 
貨幣と精神―生成する構造の謎

貨幣と精神―生成する構造の謎

 

 

心意気というと純粋なものに思えるかもしれませんが、純粋とはいえ演技も入ってるんです。

 

商人は商人として演技をし、教師は教師として演じ、子供は子供のように演じているんです。

『人間失格』はそこを突いた小説です。

斜陽・人間失格・桜桃・走れメロス 外七篇 (文春文庫)

斜陽・人間失格・桜桃・走れメロス 外七篇 (文春文庫)

 
人間失格 ─まんがで読破─

人間失格 ─まんがで読破─

 

 この小説はフィクションですよ。でも真実がその中に感じられるのが人間でしょう。

人間が人間たり得るのはフィクションがあるからだって『サピエンス全史』にもあるじゃないですか 

サピエンス全史(上)文明の構造と人類の幸福

サピエンス全史(上)文明の構造と人類の幸福

 
サピエンス全史(下)文明の構造と人類の幸福

サピエンス全史(下)文明の構造と人類の幸福

 
まんがでわかる サピエンス全史の読み方 (まんがでわかるシリーズ)

まんがでわかる サピエンス全史の読み方 (まんがでわかるシリーズ)

 

 これにも書いてありますよね。本屋で平積みされているので皆さん知っていると思いますが。

私は漫画版から読みました。本篇は分厚い二巻セットですが漫画から読めばすらすらいけます。話を戻します。

 

ミュージカルや小説が嘘だから嫌いというのならば、そのひとは真実というものを視たことがあるんでしょうか。私はありません。

 

真実はフィクションの中に、うっすらと感じるものだと思います。

人の話すことが全部本当でしょうか。嘘があるから心意気が分かるんでしょう?

世の中に真実があると思っているから、ミュージカルを観ることができないんですよ。

はっきり言ってバカです。嘘だからこそ見るべきでしょう。


日本トップのミュージカル劇団である劇団四季 のミュージカルが楽しめないのであれば、はっきりいってそれはミュージカルを観るだけの能力が備わっていないに過ぎません。

あるものを楽しんでいる人が居れば、それはその人にとって見れば間違いなく楽しいのであって、自分もそれを楽しめないのであれば、それを楽しめるだけの素養が身についていないのです。

youtu.be

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