ノーミソ刺激ノート

書評やスポーツ、言語に関することを書きます。

小説を読む意味

何で小説を読む必要があるんだろうと思うかもしれません。

私はこのブログでたびたび読書を推奨しています。

そのうえで書きますが読書に目的はありません

 

小説は教訓がないと駄目なのか - ノーミソ刺激ノート

 

人が文学を読む意味を考える。(労働と合わせて) - ノーミソ刺激ノート

 

30代になったら小説を読もう。 - ノーミソ刺激ノート

 

敢えて言うなら心を揺らすためです。

心が揺れたからって何なんだというかもしれませんが、世の中の目的を突き詰めたらきりがありません。

 

例えば受験勉強をする意味というのは受験合格のためでしょう。

お金を稼ぐのは生活のためでしょう。

手段と目的というものがあります。

因果関係が明確にあるものはそういう関係性になるでしょう。

しかし読書には技術書や参考書のように目的があるためによくことはあり得るでしょう。

が、小説を読む目的は普通はないはずです。

 

小説ってなんで読むんだって言ったら楽しいからです。

つまりそれ自体が目的です。

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じゃあそれ以外の効能がないのかと言ったらありますよ。それは読者の方の想像する通り、あれこれあります。が、それを読んでも効果はほとんどないです。

なぜなら効果は無限にあるからです。

行動それ自体が目的の場合、それは「遊び」と呼ばれます。

遊びはそれ自体がゴールのため、未来を考えません。

しかし人の人生には大抵未来が続くんです。

じゃあゴールであったはずのその遊びは未来への影響がないかと言ったら当然あります。

効果は無限大なんですね。

でも敢えて、試しに今思う小説を読んだ効果を三つ上げてみましょう。

  • 人の人生を追体験できる。
  • 人の気持ちが分かる。
  • 一人の人生では経験できないことが味わえる。

こういうことはいくらでもいえます。確かにそうだよな。と納得することではあるでしょう。

しかし上の三つを知ったところで小説を読みたいと思うでしょうか。なかなか思わないと思います。

分かりやすいように先ほどの手段と目的が明確な読書を例に出しましょう。

 

 目的:英検に合格したい。

 手段:英検の参考書を読む。

 

普通、英検に合格したいなら参考書くらい買って読むでしょう。

この手段と目的が明確なものと、さっきの敢えて書いた小説を読んだ効能は明らかに雰囲気が違うのはお分かりいただけるでしょう。

 

小説は娯楽なんですね。

その娯楽、何に役立つか分からないようなことが実際役立つからみんな読めっていうんですよね。

 要するに遊びなんです。

「遊び」っていうのは奥深いもので、古くはお祭りなどの「非日常」のことでした。お祭りなんかの日常から離れた特殊な例として「アソビ」というものがあって、それが何の役に立つかといえば空気を抜くことだと思います。

 

『隋書』音楽志訳注

『隋書』音楽志訳注

 

 

遊びの目的は楽しむことです。

 

「楽」の本来の意味 - ノーミソ刺激ノート

 

全部が全部意味のあるもの、理解すべきことだと思うと息が詰まるじゃないですか。

意味の見えないもの、無いものも含めて人生なんだという人にこそ余裕が生まれるんじゃないでしょうか。

「小説を読まなくちゃいけない」

そんな目的を忘れてこそたくさん読めるようになります。

 

本をたくさん読む方法 - ノーミソ刺激ノート

 

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