ノーミソ刺激ノート

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「死んだら負け」の解釈

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この言葉に関して、多くの人が「人生に勝ち負けはない」と過敏に反応しています。

 

それはとても美しい言葉に思えますけど、それって本当でしょうか。

だって

 

「死んだら負け」

   ⇓

 「人生に勝ち負けはない」

 

ってあまりにも正論でつまらないじゃないですか。

正論というのは「正しい話」っていうんじゃなくて「誰もが思う話」ってことです。

 

じゃあ松本さんは「誰もが思う事を」を言って仕事をしている人ですかね。

そんな話をしたって評価されません。誰もが思う話をしたところで価値なんかありません。ほっとけば誰かが絶対に言う話ですから。

 

別にそれを批判するつもりもありませんし「死んだら負け」に加担する気もありません。

 

人生は「解釈する」だけなんです。

 

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科学者は科学的に解釈するし、宗教家は宗教的に解釈するだけです。

ほとんどの人は、それぞれの仕事で忙しいので、解釈のプロである彼らの意見に乗っかっているだけです。

 

ほとんどの人は世の中に絶対的に正しいものがあると思いがちです。

それは科学的な哲学なんですね。

「真実はいつも一つ」というのは、科学的な考え方ですが、その根本には宗教的な思想があります。

その事については以前書いたのでそこに譲ります。

 

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世の中の人は正解か不正解かを求めています。

 

これが宗教にのめり込む人間の実情ですね。

 

しかし考えるだけのもの、材料がないから仕方がありません。

 

その材料というのは読書をすることです。人が何となく読書をすることを求めているのは答えを求めているからでしょう。

 

私もそのたった一つの答えを求めて哲学をやりましたがわかったことは「答えがないという事」です。

 

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だから人の考えた解釈に乗っかることしかできません。

 

私はその「乗っかる」事も否定していません。

 

なぜなら現状に忙しすぎてやりたい勉強や本を読むことができないのが現状だからです。

 

じゃあ、どうすればいいかといえば、ただ人の考えに敏捷したくない人と、それでもいいという人もいるでしょう。

 

便乗するほうが楽ですし「自分は正しい」と安心することができますから、ほとんどの人はそうします。

 

ただここで言えることは「正しい」というのは人が解釈したことであって、絶対的正義ではないんです。

 

人はその絶対的正義を信じて行動するので、それに反する人を攻撃します。

 

それっていいことなんですかね。

 

そうなると、自分が批判されたときに相手を批判してしまうことになるか、自己嫌悪になるかです。

 

大概は前者です。

 

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