ノーミソ刺激ノート

書評やスポーツ、言語に関することを書きます。

歴史が重要な理由

今や人より物事を「知っている」状態、
「情報」を保持していることで
人よりも優位に立つ状況が少なくなりましたね。

ネットの情報はある分野に興味がある人であれば
誰でも「情報」を得ることができます。

アメリカはこういう国「らしい」
中国人はこういう人達「らしい」

「~らしい」という情報は別に特別な情報ではなく、
馬鹿でも知り得ることです。

本当に学んでいる人というのは
その物事について「体験」しているということ。
例えば英語であれば、
英検1級、TOEIC990点に何の価値があるのかと言えば、
英語をここまで勉強した
という
「~をした」
「やってみた」の
「体験」的な価値です。

一方、英語の情報を「知っている状態」とは、
実際に勉強しているわけではなく、

外国に英語という言語があるらしい
疑問文は主語と動詞をひっくり返すらしい

という自分の中で
不確かな、責任をもてない「情報」です。

百聞は一見に如かず

という言葉がありますが、
「聞く」ということは多くの人が可能なことです。
「見る」ということはそれよりも体験する可能性が少なくなりますよね。

要するに「人がやってないこと」「しようとしないこと」「できないこと」
を多くやることにより
その行為が「価値」になるんです。
人間社会はイスとりゲームですからね。

私は
「自分探し」という言葉があまり好きではありません。
というのは
私は「自分」というものは本来無いものだと解釈しています。
「自分」というものは「過去の自分」が自分そのものだから。
自分の過去が全て自分なんです。
これからの体験も、選択もその根本は
「過去の自分」に依存するでしょう。
過去の成功体験や
聞いたことのある成功体験によって
未来の選択を決めることが多いでしょ?
人の好き嫌いも
過去の体験が全てなんです。

他人の価値判断もその人の過去で決めるでしょう?

この人は東大生。
あの人は優しい。

一般的に「東大生」だから
「頭が良い人」「勉強が得意な人」
というレッテルが貼られます。
それは「東大入試に受かった」という過去が根本にあります。

「優しい」というレッテルも
過去に優しさを知る体験があるからこそです。

「過去」というものは人にとって、とても大切なものなんです。
それは無意識の場合も選択しているので
「過去」から逃げることは不可能なんです。

「自分探し」をするのであれば
「理想の自分作りの為に現在の理想の行動を取ること」
つまり
      「理想の過去を作ること」
              ↓
現在が過去になった時に現在の行動が自分になること

意識して行動すれば
自然と自分自身に対する悩みなんか持つ必要がなくなります。

若い皆さん、若気の至りは通用しませんよ。
過去の罪は無意識に貴方の行動の根本になっていますからね。
罪を犯してもそれを反省し、すべて肯定することが自己肯定に繋がります。

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