抽象的なものが好き
日本人はドイツの哲学者ハイデガーが結構好きなんですね。
というのも、日本語訳が結構多いんです。
そしてもともと日本人は抽象的な世界が好きだということ。
ここでは一部だけ紹介します。
探せばいくらでもあると思いますけど。
実際、近代の日本思想の多くはハイデガーをはじめ、現象学から影響を受けた哲学者が多いんです。
代表的なのは西田幾多郎、鈴木大拙ですね。
彼らはハイデガーなしには語れませんし、同じように「禅」の思想を無視できません。
これって漫画が日本で開花したのと同じことだと思っています。
詳しくは↓
日本画を見てみればわかりますが、西洋画のような写真のような絵を描くような歴史は西洋画の技法が入る以前は、ほぼ無いと言ってもいいです。
建物や草花はそのままなものも有りますけど。
歴史を見れば今も昔も漫画的であり、抽象画的。
これは日本人が絵が下手だという事ではありません。
そのまんま描くという関心が無かったんでしょう。
翻訳の現状
英語訳は?というと、現状2つしかありませんし、中国語訳に至っては香港を中心に一部翻訳されたものしか出ていません。
でも日本では私が確認しただけで9つ。
英語はドイツ語(原文)と似てますからそんなに必要ないのかもしれませんが、だとしても日本語の9つは異常です。
これからも増えるでしょう。
なぜそんなに好きなのかと言ったら、そういう抽象的な話が好きなんだと思っています。
- 日本画
- 漫画
- 仮名
- オノマトペ
など日本の文化全体に、日本の抽象好きがはびこってます。
逆に中国では、そういうものに関心が無い人が多い。
日本思想にはもともとハイデガー的なものがある
日本の思想には仏教の禅があります。
道元の思想の『正法眼蔵』には「存在と時間」の哲学をあらわす「有時」の章があります。
日本語訳の中にも「存在と時間」ではなく『有と時』と訳されたものがあります。
いやいや、もともとは仏教はインドだし、中国にもあるでしょ。
と思うかもしれませんが禅が広まったのは日本です。
分かりやすい絵でいうと「禅画」。
美術の教科書で見たことがあるかもしれませんが、墨でただ「〇」を描いただけの絵があります。
これは日本独特のものです。
これは「円相」というもので禅の思想を画で表したもの。
こういう絵はインドや中国では少なくとも古いものでは見ないです。
中国もインドも、芸術では基本的にしっかり描かれた派手なものが多いです。
特に中国は具体的な「もの」を好みます。
これは慢性的な「物不足・貧困」が原因でしょう。
日本はそんなことなかったわけではありませんが、中国やインドの比ではありません。
「武士は食わねど高楊枝」
という言葉がある通り、実際的な「もの」の執着することは下品だという考え方は一般人でも思っている感覚です。
やせ我慢的な気質ですが、中国やインドはそんなことが言ってられないくらいの貧困です。
中国は現状が共産主義という事も大きいですね。
共産主義を批判的に見る中国人も多いことは事実ですが、一旦、共産主義思想になったのは歴史的にも中国人の国民的な考えが「唯物主義的」だということ。
別にこれは最近始まったことではなく、2000年前の論語の哲学でも
「怪力乱神を語らず」(不思議なことを語ってもしょうがない)
という考えがある通り、抽象的な世界を嫌う傾向があります。
無いことは無いですけど、非常に少数派です。
そして漢字を使い続けているというのも大きいでしょう。
日本では漢字だけでは不便ですから音だけを表す「仮名」を混ぜました。
これは日本語を表すのに便利だったからっていうのもあるでしょうけど、音だけを取り出したのは「抽象化」が性に合うからでしょう。
漢字は元々具体的なものを表す文字「表意文字」です。
だから外来語のように音だけを表す必要もあるのですが、頑なに表音文字を作りません。
詳しくはこちら⇓
中国人の漢字の考え方って日本人と違うって知ってた? - ノーミソ刺激ノート
日本に文字が発生しなかった理由を考察 - ノーミソ刺激ノート