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国語で漢文を勉強する理由

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漢文法基礎  本当にわかる漢文入門 (講談社学術文庫)

勉強はスケールのデカいこと

日本人には漢文て中国の古典だから日本語で勉強する意味あるの?
とか思われるかもしれません。

 

確かにそう思うのは普通なことです。

しかしここで勉強しなければ、日本語がどういう歴史で変化していったのかが分からないんです。

それが分かると語彙力が付きます。

生活していく、お金を稼ぐのであれば要らないかもしれません。

 

しかし勉強はお金を稼ぐためにするなんてことは無いんですよ。

そう思っている人もいますけど、それは戦後、特に収入が少なかった時に、目の前にぶら下げるニンジンとして、勉強のきっかけにしようとした考え方です。

 

本来、勉強というのは「人としてどういう風に生きるか」を自分で決めることが出来るようになる、「お金儲け」とか小さいとこではない、スケールのでっかいことなんです。

 

どういう風に生きるかはその人の「言葉」で決まります。

その言葉は、現代語だけ使えばいいことではありますが、古典を読んだり、ちょっと前の小説を読んだときなどに感じる言葉が違う事によってその人の精神性に大きく影響を与えます。

 

つまり、言葉は自分で発するという事と同じくらい、「人の言葉を理解する」という事が重要なんです。

人の言葉を理解するってことは「他者を理解する」ってことです。

 

他者を理解することは、「人としてどう生きるか」ってこととつながりますよね。

 

漢文は日本語と近い関係がある

そもそも漢文は現代中国語よりも、日本語のほうが近いのです。
幾ら現代中国語(普通話:プートンファ)を勉強していても漢文は読めません。


普通話は、「清」の時代に支配していた満州人の話す満州語と北京語が混ざったもので、「k」の発音(入声:にっしょう)がありません。

 

漢文に書かれているものは少なくとも「明」以前のもので「k」の発音があります。
もっと発音に関して分かりやすく中学生でやるような皆さんに馴染みのある漢文を例に挙げると、

 

春暁 孟浩然

 

春眠不覺曉 春眠暁を覚えず、

處處聞啼鳥 処処啼鳥を聞く

夜来風雨聲 夜来風雨の声、

花落知多少 花落つること知りぬ多少ぞ

 

の、それぞれの行の最後の文字は日本語で音読みすると「韻」が踏まれている事が分かります。

 

暁(ギョウ)
鳥(チョウ)
聲(ショウ)
少(ショウ)

 

しかし、普通話で読むと

 

暁(xia3o) シャオ
鳥(dia3o) ディアオ
聲(she1ng) シャン
少(sha3o) シャオ

 

しっかり韻が踏めてないんですね。
昔の中国語の音を日本が輸入し、現代中国語ではその音が変化してしまったことによるズレが生じているんです。

 

          →B(現代中国音)
A(古代中国音)
          →A’(日本漢字音)

 

このような言葉の変化による分かれ道はヨーロッパの言葉でもよくあることです。
それは気が向いたら書きます。

 

そもそも昔の書き言葉は漢文でしたから『古事記』や『日本書紀』が漢文で書かれているし日本文学を勉強する場合はどうしたって漢文の知識は必須なんですよ。

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